今夜はどういったわけだか昔話でもしたい気分。
と、いうワケでTokyo Tribeの誕生秘話でも、、語りましょうか?
秘話という程の話でもないですが、、、
21歳でヤングサンデーにデビューして
二回バッターボックスに立てた。
二回連載させてもらえたのだ。
一回目が10回で終了。
二回目がたしか7回。
さいごは痔で苦しんで寝っころがってふとんで描いていたが
、変な絵になるわ、おまけに墨汁はこぼすわで散々だった。
すっかり漫画の仕事がなくなってしまい開店休業状態のはずだったが、
若さのせいか
いがいとノホホンと暮らしていた。ファミレスで
友達とだらだらと漫画の話をして、
レンタルビデオを数本かりて
映画をみる。夜になると深夜番組も充実していて
「カノッサの屈辱」とか「カルトQ」とか
みていた。
もうバイト生活にも戻りたくないし、、
そんな時
雑誌宝島の編集者が声をかけてくれた。
宝島のM氏はsoul singerのオラン・ジュース・ジョーンズ似
(これは湯村輝彦氏が言い出した事であります)
宝島のM氏との出会いは恵比寿。
小学館のこれまたM氏がお笑いのライブに誘ってくれて
そのうちあげで出会ったのが宝島のM氏。
当時、HIPHOP、Rockが好きな自分にとって
パンクカルチャー、サブカルの発信基地「宝島」は
あこがれの的でした。
M氏とは最初の単行本を作ってくれたりという感じで
関係がスタートしました
そのM氏がある日
宝島編集部で
「書き下ろしで単行本やってみない?」と
言ってきたのです
つづく
